2026年6月10日 10時00分
スペースX上場の夢と「90年代企業」の復活劇<大山季之の米国株マーケット・ビュー>
◆最も劇的なのは、"ノンAI"企業がAI企業に生まれ変わる瞬間
6月5日(現地時間、以下同)に発表された米雇用統計が市場予想を上回る結果となり、FRB(米連邦準備制度理事会)の年内利上げ観測が強まるとともに、4月以降続いた上昇相場に一服感が出ている。改めて市場を振り返れば、3月安値から5月末にかけてS&P500株価指数は20%、ナスダック総合指数は30%、フィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)は81%上昇していた。今週末に、史上最大のIPO(新規株式公開)と言われるスペースX<SPCX>の上場を目前に控え、流動性の枯渇リスクが短期的に懸念されているが、そう簡単にAI(人工知能)相場の勢いが衰えるとは考えにくい。
そこで今回はまず、これまでの上昇相場、再点火したAI相場の本質を端的に述べてみたい。2026年第1四半期(1-3月期、2-4月期)の各社決算と、その後の株価の動向を振り返ってみれば、この間、株式マーケットの焦点は、各社がAI企業なのか、それとも"ノンAI"企業なのかという見極めに絞られていたと言っていい。つまり、これまでマーケットにまったく相手にされていなかったノンAI企業が、あるカタリストの出現によって、突然AI企業になる瞬間に劇的にバリュエーション(PER)が変化するのだ。決算内容のちょっとした変化かもしれないし、具体的なAIがらみのニュースかもしれない。AI企業だと定義された途端に、PER(株価収益率)が一気に跳ね上がるのだ。
例えば、半導体メーカーはその典型例だろう。SKハイニックス(韓国上場)、サムスン電子(同)、マイクロン・テクノロジー<MU>などのHBM(広帯域メモリー)大手3社然り。キオクシアホールディングス <285A> 、サンディスク<SNDK>といったNANDメーカー然り。インテル<INTC>やアーム・ホールディングス<ARM>などのCPU(中央演算処理装置)関連企業も然り。GPU(画像処理半導体)で始まったAI企業の定義が、メモリー半導体、CPUへと拡大するなかで、AI投資の物色対象が広がり、各社の評価が一変していったのだ。
その文脈でとらえれば、もう一つ注目したいキーワードがある。それは「Back to 90s(バック・トゥ・ナインティーズ)」だ。ここまでのAI相場では、マーケットから忘れられていたような企業に突如としてスポットライトが当たるという現象を生んできた。そして、ここに来て明らかになってきたのが、90年代後半、IT勃興期に華々しいスポットライトを浴びながら、その後のITバブル崩壊により株価が急落、業績の低迷とともに人々の記憶から忘れ去られてしまっていた企業たちへの再評価だ。
5月28日に発表された2026年2-4月期決算で、AIサーバー需要の急増が判明し、翌日の株価が過去最大となる33%の上昇となったデル・テクノロジーズ<DELL>。ITバブル崩壊の震源として長年市場で冷遇を受けつつも、AIデータセンターの建設ラッシュに伴い、光通信ネットワーク機器の売り上げが伸び、今年2月に26年ぶりにITバブル時の最高値を更新したシスコ・システムズ<CSCO>。元祖・半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツ<TXN>やインテル。いまや時価総額1兆ドル企業となったマイクロン・テクノロジー。そして2005年にIBM<IBM>のパソコン部門を買収し、現在は世界第3位のサーバーメーカーとなっている中国企業、レノボ(香港上場)。どの企業も、かつては一世を風靡しながらも、IT社会の進展とともに一度は「過去の遺物」と忘れ去られた存在になっていた。それが、AIの社会実装が進む中で、AIの新たな有力銘柄として息吹を吹き込まれたのだ。
とはいえ、各社の年初来の株価チャートを見ると、いずれも急騰ぶりが際立っていて、ここから投資するのは逡巡するところではないだろうか。そこで挙げたいのが、欧州最大の通信機器企業、ノキア<NOK>だ。同社は多くの日本人にとっては、携帯電話メーカーのイメージが強いかもしれない。だが、その姿は大きく変貌を遂げている。
2010年代以降、スマートフォンでアップル<AAPL>やサムスン電子などが台頭するとともに、同社のシェアは大きく後退し、13年には携帯電話事業をマイクロソフト<MSFT>に売却、通信機器事業を主体とした事業に転換している。25年2月に、光通信技術に定評があった同業の米ライバル企業を買収すると、同年10月にはエヌビディアが10億ドルを出資し、次世代通信インフラ構築へ向けての戦略提携を発表、晴れてエヌビディアが主導するAIエコシステムの一員となった。足もとでは株価が上昇基調にあるが、それでも株価は2000年に付けた上場来高値62.5ドル(米国上場ADR株価)の25%弱の水準にあり、依然として出遅れ感が強い。同社がいつ、本格的にノンAI企業からAI企業へと評価を変えるのか。今後の投資妙味という点では、ここで挙げた企業群の中では、群を抜いている。
◆"夢"に投資をする、株の本質を思い起こさせるスペースXの上場計画
次に、いよいよ間近に迫ってきたスペースXの上場について述べていきたい。伝えられているところによると、今回の上場で、スペースXの時価総額は約1兆8000億ドルに達するという。その後に予定されているアンソロピックとオープンAIの時価総額も約1兆ドルに達すると言われ、株式マーケットからはこれほど莫大な資金需要を消化できるのか、という懸念の声も上がっている。だが、世界が壮大なAI社会へのナラティブ(物語)を描いている現状、少なくともこの3社の上場が完了するまでは、相場の風向きが変わることはないだろう。斜に構えたような言い方で大変恐縮だが、IPO主幹事証券がIPOを成功させたいと考えていれば、マーケットにネガティブなことを発信する可能性は低いと思うからだ。
ここで改めて6月3日に提出されたスペースXの修正目論見書(S-1)をもとに、同社の上場の概要を述べていきたい。まず、同社の事業は主に、ロケットの打ち上げなどの「宇宙事業」、通信衛星「スターリンク」によるインターネットなどの「通信事業」、そして2月に経営統合したxAIを中心とした「AI事業」の3つに集約される。そのうち、現時点で収益化が実現しているのは、「スターリンク」の利用者が1000万人を超えた通信事業のみで、25年12月期には113億ドル超の売上高、44億ドル超の営業利益を上げている。他の2事業は赤字で、通信事業で稼いだ資金を他事業への投資に回しているという構図だ。
話題となっているのは、目論見書に記された同社の潜在市場規模(TAM)が28兆5000億ドルに上ることだ。売上高世界トップを争うアマゾン・ドット・コム<AMZN>とウォルマート<WMT>の年間売上高が7000億ドル超であることを考えれば、この数字の途方も無さが分かるだろう。
そのための手段として同社が進めているのが、宇宙データセンター構想だ。AI開発の最大のボトルネックとなっている電力供給の問題を解決するために、無尽蔵の太陽エネルギーを活用するというもので、早ければ28年中の稼働を目指すという。他にも火星への人類の移住計画などが目論見書には記されているが、こうした宇宙事業の目的達成には、年間数千回のロケットの打ち上げが必要になるとのことだ。
では、このあまりにも壮大だが、にわかには現実的とは思えないスペースXの上場計画に対して、マーケットはどのような判断を下していくのだろうか。確かに目論見書を読む限り、サウジアラムコが調達した294億ドルをはるかにしのぐ、750億ドルという同社の資金調達目標を正当化する財務データは乏しい。もしこれが社債発行ならば、根拠がないと一蹴されたことだろう。だが、ここで改めて思い起こすべきなのは、株式投資の本来の性質だ。クレジット(債券)は公開情報に基づく財務分析から利息と元本回収を狙う「堅実さを買う」投資であるのに対し、株式投資はいわば「夢を買う」投資だからだ。
しかし、日々の運用成績が問われるシビアな機関投資家たちが、果たして"夢"だけに賭けて同社に投資をすることができるのだろうか。この問いには米バロンズ誌(6月4日付)の記事が参考になる。スペースXの上場後のスケジュールとしては、英FTSE100種総合株価指数が最短5営業日後、ナスダック総合指数も最短15営業日後のインデックス採用を予定していると報じられている。IPO案件では異例となるスピードだ。
つまり、上場直後にベンチマークに組み入れられてしまう以上、大口投資家たちは同社株を購入せざるを得ないというのだ。ただし、インデックスファンドがその購入資金を捻出するために、既存銘柄を売却する可能性が高まる点は考慮する必要がある。パッシブ運用の比率が高まった市場環境下では、強制的な売買インパクトが大きくなるだろうと考えている。
もちろん、公開直後の値動きに関しては、現時点で正確な予測はできないが、一つだけ確かなことは、規模はもちろん、話題性やマーケットに与える影響など、証券業界に30年以上身を置く筆者にとっても初めての経験であるということだ。現時点でも大きな話題を呼んでいるが、ひょっとしたら数十年後に振り返って、時代を動かした一大転換点だったと語られるかもしれない。その後に続くアンソロピックやオープンAIのIPOを含め、そんな上場劇に立ち会えるのは感慨深い。
◆グーグルに出資するバークシャーの判断が持つ大きな意味
アンソロピックとオープンAIの上場に関しては、現時点では具体的なことは何とも言えないが、AI相場に与える影響という点では、ネガティブな結果となることは予想できない。なぜなら、過熱感が指摘される現在のAI相場は、バブル的な兆候はなく、業績主導型の健全な株価上昇によってもたらされているからだ。例えば米ブルームバーグの集計によると、SOX指数の現時点でのEPS(1株当たり純利益)は400ドル前後、1年後は614ドル、2年後は711ドルが見込まれている。SOX指数構成銘柄の平均PERは30倍前後だが、EPSの上昇とともにPERは低下するのだから、まったく割高感は感じない。
もう一つ、AIへの過剰投資に対しても、一部で囁かれているような大きな懸念はないだろう。根拠として挙げられるのは、アルファベット<GOOG>の動きだ。同社は26年1-3月期決算時に今期(26年12月期)のAI投資が1900億ドル、来期(27年12月期)には約3000億ドルに達する見込みだと発表した。これは前期(25年12月期)の3倍以上に当たる金額だ。堅実な経営で知られる同社が、これだけの勝負を仕掛けているわけだ。
そのために同社は世界中の複数の市場で、同社の歴史としては異例の総額850億ドルにも及ぶ起債を行うとともに、6月1日には総額800億ドルの資本調達計画を発表した。一部ではこれをネガティブ視する見方もある。だがポイントとなるのは、同社の動きに合わせてバークシャー・ハサウェイ<BRK.B>が示した反応だ。バークシャーはそのうちの100億ドルを第三者割当増資によって引き受けるというのだ。
伝えられているところによると、ゴールドマン・サックス・グループ<GS>の仲介で、グーグルのスンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)がバークシャーのグレッグ・アベルCEOに電話をし、最終合意に至ったという。企業のバリュエーションの精査と長期投資に定評のあるバークシャーのお墨付きを得たのだから、アルファベットの投資計画は順調に進むことが確実だ。ハイパースケーラーの膨大なAI投資が、正当化された一例だろう。
◆メガIPOでAI相場はさらに加速? 出遅れスピンオフ銘柄に投資妙味が
つまり、メガIPO3社の上場によって、AI相場は天井を付けるどころか、さらに加速する可能性が高い。唯一の死角は、やはり金利の動向だろう。直近の見通しでは、年内利上げ観測が優勢になってきているが、タカ派ともハト派とも称されるウォーシュFRB新議長がどのような判断を示すか。短中期的に見れば、6月16日から開催されるFOMC(米連邦公開市場委員会)の結果と、その後の同氏の発言が、今後のAI相場を占ううえでの一つの分水嶺になる。
最後にもう1社、まだ市場参加者の多くが見過ごしている企業の中から、特に有望だと感じる銘柄を挙げてみたい。それはハネウェル・インターナショナル<HON>だ。なぜなら同社は、かつてのゼネラル・エレクトリック(GE=現GEエアロスペース<GE>)や日立製作所 <6501> のようなコングロマリット・ディスカウント銘柄の典型だからだ。ご存じのとおり、GEや日立は事業再編とスピンオフ(企業の分離・独立)によって、企業価値を高めてきた。この両社が実証したのは、効果的なスピンオフは、する側もされる側も企業価値を高めることができるという事実だ。
航空宇宙から産業オートメーション、特殊鋼材など様々な事業を手がけていたハネウェルには以前からスピンオフの可能性が取り沙汰されていたのだが、25年11月に空調関連の事業部門をソルスティス・アドバンスト・マテリアルズ<SOLS>として分社化したところ、すでに同社の株価は70%以上上昇。さらに他部門の分社も計画されていると報じられている。スピンオフの大成功例であるGEの現時点での予想PERが40倍前後であるのに対してハネウェルは20倍程度。実際、製造業に特化した国内外の有力ファンドでも、直近で同社を構成銘柄の上位に組み入れる動きが目立ってきている。次なるカタリスト、つまりさらなるスピンオフを待っているという状況なのだ。26年7-9月期中のスピンオフも噂されていて、今が格好の仕込み時なのではないかと感じている。
【著者】
大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。
株探ニュース
6月5日(現地時間、以下同)に発表された米雇用統計が市場予想を上回る結果となり、FRB(米連邦準備制度理事会)の年内利上げ観測が強まるとともに、4月以降続いた上昇相場に一服感が出ている。改めて市場を振り返れば、3月安値から5月末にかけてS&P500株価指数は20%、ナスダック総合指数は30%、フィラデルフィア半導体株指数(SOX指数)は81%上昇していた。今週末に、史上最大のIPO(新規株式公開)と言われるスペースX<SPCX>の上場を目前に控え、流動性の枯渇リスクが短期的に懸念されているが、そう簡単にAI(人工知能)相場の勢いが衰えるとは考えにくい。
そこで今回はまず、これまでの上昇相場、再点火したAI相場の本質を端的に述べてみたい。2026年第1四半期(1-3月期、2-4月期)の各社決算と、その後の株価の動向を振り返ってみれば、この間、株式マーケットの焦点は、各社がAI企業なのか、それとも"ノンAI"企業なのかという見極めに絞られていたと言っていい。つまり、これまでマーケットにまったく相手にされていなかったノンAI企業が、あるカタリストの出現によって、突然AI企業になる瞬間に劇的にバリュエーション(PER)が変化するのだ。決算内容のちょっとした変化かもしれないし、具体的なAIがらみのニュースかもしれない。AI企業だと定義された途端に、PER(株価収益率)が一気に跳ね上がるのだ。
例えば、半導体メーカーはその典型例だろう。SKハイニックス(韓国上場)、サムスン電子(同)、マイクロン・テクノロジー<MU>などのHBM(広帯域メモリー)大手3社然り。キオクシアホールディングス <285A> 、サンディスク<SNDK>といったNANDメーカー然り。インテル<INTC>やアーム・ホールディングス<ARM>などのCPU(中央演算処理装置)関連企業も然り。GPU(画像処理半導体)で始まったAI企業の定義が、メモリー半導体、CPUへと拡大するなかで、AI投資の物色対象が広がり、各社の評価が一変していったのだ。
その文脈でとらえれば、もう一つ注目したいキーワードがある。それは「Back to 90s(バック・トゥ・ナインティーズ)」だ。ここまでのAI相場では、マーケットから忘れられていたような企業に突如としてスポットライトが当たるという現象を生んできた。そして、ここに来て明らかになってきたのが、90年代後半、IT勃興期に華々しいスポットライトを浴びながら、その後のITバブル崩壊により株価が急落、業績の低迷とともに人々の記憶から忘れ去られてしまっていた企業たちへの再評価だ。
5月28日に発表された2026年2-4月期決算で、AIサーバー需要の急増が判明し、翌日の株価が過去最大となる33%の上昇となったデル・テクノロジーズ<DELL>。ITバブル崩壊の震源として長年市場で冷遇を受けつつも、AIデータセンターの建設ラッシュに伴い、光通信ネットワーク機器の売り上げが伸び、今年2月に26年ぶりにITバブル時の最高値を更新したシスコ・システムズ<CSCO>。元祖・半導体メーカーのテキサス・インスツルメンツ<TXN>やインテル。いまや時価総額1兆ドル企業となったマイクロン・テクノロジー。そして2005年にIBM<IBM>のパソコン部門を買収し、現在は世界第3位のサーバーメーカーとなっている中国企業、レノボ(香港上場)。どの企業も、かつては一世を風靡しながらも、IT社会の進展とともに一度は「過去の遺物」と忘れ去られた存在になっていた。それが、AIの社会実装が進む中で、AIの新たな有力銘柄として息吹を吹き込まれたのだ。
とはいえ、各社の年初来の株価チャートを見ると、いずれも急騰ぶりが際立っていて、ここから投資するのは逡巡するところではないだろうか。そこで挙げたいのが、欧州最大の通信機器企業、ノキア<NOK>だ。同社は多くの日本人にとっては、携帯電話メーカーのイメージが強いかもしれない。だが、その姿は大きく変貌を遂げている。
2010年代以降、スマートフォンでアップル<AAPL>やサムスン電子などが台頭するとともに、同社のシェアは大きく後退し、13年には携帯電話事業をマイクロソフト<MSFT>に売却、通信機器事業を主体とした事業に転換している。25年2月に、光通信技術に定評があった同業の米ライバル企業を買収すると、同年10月にはエヌビディアが10億ドルを出資し、次世代通信インフラ構築へ向けての戦略提携を発表、晴れてエヌビディアが主導するAIエコシステムの一員となった。足もとでは株価が上昇基調にあるが、それでも株価は2000年に付けた上場来高値62.5ドル(米国上場ADR株価)の25%弱の水準にあり、依然として出遅れ感が強い。同社がいつ、本格的にノンAI企業からAI企業へと評価を変えるのか。今後の投資妙味という点では、ここで挙げた企業群の中では、群を抜いている。
◆"夢"に投資をする、株の本質を思い起こさせるスペースXの上場計画
次に、いよいよ間近に迫ってきたスペースXの上場について述べていきたい。伝えられているところによると、今回の上場で、スペースXの時価総額は約1兆8000億ドルに達するという。その後に予定されているアンソロピックとオープンAIの時価総額も約1兆ドルに達すると言われ、株式マーケットからはこれほど莫大な資金需要を消化できるのか、という懸念の声も上がっている。だが、世界が壮大なAI社会へのナラティブ(物語)を描いている現状、少なくともこの3社の上場が完了するまでは、相場の風向きが変わることはないだろう。斜に構えたような言い方で大変恐縮だが、IPO主幹事証券がIPOを成功させたいと考えていれば、マーケットにネガティブなことを発信する可能性は低いと思うからだ。
ここで改めて6月3日に提出されたスペースXの修正目論見書(S-1)をもとに、同社の上場の概要を述べていきたい。まず、同社の事業は主に、ロケットの打ち上げなどの「宇宙事業」、通信衛星「スターリンク」によるインターネットなどの「通信事業」、そして2月に経営統合したxAIを中心とした「AI事業」の3つに集約される。そのうち、現時点で収益化が実現しているのは、「スターリンク」の利用者が1000万人を超えた通信事業のみで、25年12月期には113億ドル超の売上高、44億ドル超の営業利益を上げている。他の2事業は赤字で、通信事業で稼いだ資金を他事業への投資に回しているという構図だ。
話題となっているのは、目論見書に記された同社の潜在市場規模(TAM)が28兆5000億ドルに上ることだ。売上高世界トップを争うアマゾン・ドット・コム<AMZN>とウォルマート<WMT>の年間売上高が7000億ドル超であることを考えれば、この数字の途方も無さが分かるだろう。
そのための手段として同社が進めているのが、宇宙データセンター構想だ。AI開発の最大のボトルネックとなっている電力供給の問題を解決するために、無尽蔵の太陽エネルギーを活用するというもので、早ければ28年中の稼働を目指すという。他にも火星への人類の移住計画などが目論見書には記されているが、こうした宇宙事業の目的達成には、年間数千回のロケットの打ち上げが必要になるとのことだ。
では、このあまりにも壮大だが、にわかには現実的とは思えないスペースXの上場計画に対して、マーケットはどのような判断を下していくのだろうか。確かに目論見書を読む限り、サウジアラムコが調達した294億ドルをはるかにしのぐ、750億ドルという同社の資金調達目標を正当化する財務データは乏しい。もしこれが社債発行ならば、根拠がないと一蹴されたことだろう。だが、ここで改めて思い起こすべきなのは、株式投資の本来の性質だ。クレジット(債券)は公開情報に基づく財務分析から利息と元本回収を狙う「堅実さを買う」投資であるのに対し、株式投資はいわば「夢を買う」投資だからだ。
しかし、日々の運用成績が問われるシビアな機関投資家たちが、果たして"夢"だけに賭けて同社に投資をすることができるのだろうか。この問いには米バロンズ誌(6月4日付)の記事が参考になる。スペースXの上場後のスケジュールとしては、英FTSE100種総合株価指数が最短5営業日後、ナスダック総合指数も最短15営業日後のインデックス採用を予定していると報じられている。IPO案件では異例となるスピードだ。
つまり、上場直後にベンチマークに組み入れられてしまう以上、大口投資家たちは同社株を購入せざるを得ないというのだ。ただし、インデックスファンドがその購入資金を捻出するために、既存銘柄を売却する可能性が高まる点は考慮する必要がある。パッシブ運用の比率が高まった市場環境下では、強制的な売買インパクトが大きくなるだろうと考えている。
もちろん、公開直後の値動きに関しては、現時点で正確な予測はできないが、一つだけ確かなことは、規模はもちろん、話題性やマーケットに与える影響など、証券業界に30年以上身を置く筆者にとっても初めての経験であるということだ。現時点でも大きな話題を呼んでいるが、ひょっとしたら数十年後に振り返って、時代を動かした一大転換点だったと語られるかもしれない。その後に続くアンソロピックやオープンAIのIPOを含め、そんな上場劇に立ち会えるのは感慨深い。
◆グーグルに出資するバークシャーの判断が持つ大きな意味
アンソロピックとオープンAIの上場に関しては、現時点では具体的なことは何とも言えないが、AI相場に与える影響という点では、ネガティブな結果となることは予想できない。なぜなら、過熱感が指摘される現在のAI相場は、バブル的な兆候はなく、業績主導型の健全な株価上昇によってもたらされているからだ。例えば米ブルームバーグの集計によると、SOX指数の現時点でのEPS(1株当たり純利益)は400ドル前後、1年後は614ドル、2年後は711ドルが見込まれている。SOX指数構成銘柄の平均PERは30倍前後だが、EPSの上昇とともにPERは低下するのだから、まったく割高感は感じない。
もう一つ、AIへの過剰投資に対しても、一部で囁かれているような大きな懸念はないだろう。根拠として挙げられるのは、アルファベット<GOOG>の動きだ。同社は26年1-3月期決算時に今期(26年12月期)のAI投資が1900億ドル、来期(27年12月期)には約3000億ドルに達する見込みだと発表した。これは前期(25年12月期)の3倍以上に当たる金額だ。堅実な経営で知られる同社が、これだけの勝負を仕掛けているわけだ。
そのために同社は世界中の複数の市場で、同社の歴史としては異例の総額850億ドルにも及ぶ起債を行うとともに、6月1日には総額800億ドルの資本調達計画を発表した。一部ではこれをネガティブ視する見方もある。だがポイントとなるのは、同社の動きに合わせてバークシャー・ハサウェイ<BRK.B>が示した反応だ。バークシャーはそのうちの100億ドルを第三者割当増資によって引き受けるというのだ。
伝えられているところによると、ゴールドマン・サックス・グループ<GS>の仲介で、グーグルのスンダー・ピチャイCEO(最高経営責任者)がバークシャーのグレッグ・アベルCEOに電話をし、最終合意に至ったという。企業のバリュエーションの精査と長期投資に定評のあるバークシャーのお墨付きを得たのだから、アルファベットの投資計画は順調に進むことが確実だ。ハイパースケーラーの膨大なAI投資が、正当化された一例だろう。
◆メガIPOでAI相場はさらに加速? 出遅れスピンオフ銘柄に投資妙味が
つまり、メガIPO3社の上場によって、AI相場は天井を付けるどころか、さらに加速する可能性が高い。唯一の死角は、やはり金利の動向だろう。直近の見通しでは、年内利上げ観測が優勢になってきているが、タカ派ともハト派とも称されるウォーシュFRB新議長がどのような判断を示すか。短中期的に見れば、6月16日から開催されるFOMC(米連邦公開市場委員会)の結果と、その後の同氏の発言が、今後のAI相場を占ううえでの一つの分水嶺になる。
最後にもう1社、まだ市場参加者の多くが見過ごしている企業の中から、特に有望だと感じる銘柄を挙げてみたい。それはハネウェル・インターナショナル<HON>だ。なぜなら同社は、かつてのゼネラル・エレクトリック(GE=現GEエアロスペース<GE>)や日立製作所 <6501> のようなコングロマリット・ディスカウント銘柄の典型だからだ。ご存じのとおり、GEや日立は事業再編とスピンオフ(企業の分離・独立)によって、企業価値を高めてきた。この両社が実証したのは、効果的なスピンオフは、する側もされる側も企業価値を高めることができるという事実だ。
航空宇宙から産業オートメーション、特殊鋼材など様々な事業を手がけていたハネウェルには以前からスピンオフの可能性が取り沙汰されていたのだが、25年11月に空調関連の事業部門をソルスティス・アドバンスト・マテリアルズ<SOLS>として分社化したところ、すでに同社の株価は70%以上上昇。さらに他部門の分社も計画されていると報じられている。スピンオフの大成功例であるGEの現時点での予想PERが40倍前後であるのに対してハネウェルは20倍程度。実際、製造業に特化した国内外の有力ファンドでも、直近で同社を構成銘柄の上位に組み入れる動きが目立ってきている。次なるカタリスト、つまりさらなるスピンオフを待っているという状況なのだ。26年7-9月期中のスピンオフも噂されていて、今が格好の仕込み時なのではないかと感じている。
【著者】
大山季之(おおやま・のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、10年バークレイズ証券、12年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案、自社株買い、金融商品組成などに関わる。現在は松井証券のマーケットアナリストとして、米国のマクロ経済分析や企業、セクターの分析等を行う。
株探ニュース