2023年11月28日 10時00分
武者陵司「1971年体制の終焉、ドル一強時代の始まりか(2)」
―覇権国、米国国益遂行の手段為替レート―
●1971年から始まった第二次戦後体制の終焉
戦後体制は1945年からの36年間と、1971年から今日までの52年間に区分できる。第二次戦後体制ともいえる現在の世界政治経済秩序の骨格は、1971年の2つのニクソンショックによって形成された。しかし、それは中国の「フランケンシュタイン」化と米国覇権に対する挑戦によって、維持することができなくなった。世界はいまニクソンショック体制に代わる新たな秩序が模索される時代に入っている。
●「フランケンシュタイン」を造ったニクソンの米中国交回復、国連からの台湾追放
ニクソンショックの第一は、米中国交回復である。国連常任理事国であった中華民国(台湾)との国交を断絶し、世界秩序の中に共産中国を招き入れた。経済発展が中国の民主化を促し、中国がいずれ世界のリベラルデモクラシー秩序の担い手になるとの期待に基づくこの政策は、50年後に大いなる誤りであったことが判明した。晩年、ニクソン氏は「フランケンシュタイン」という怪物を作ってしまったかもしれない、と述懐した。
また、この日本頭越しの米中連携は、同盟国・日本外交に禍根を残した。30年後の2003年に明らかにされたニクソン訪中機密議事録によれば、ニクソンは「我々の政策は、日本が経済的拡張から軍事的拡張に進むことを可能な限り抑止する」「日本が台湾独立運動を支持することを思い留まらせる」「日本を抑制することが太平洋の平和にとって利益になる」「日本に米軍がいなければ日本は米国に意を払わない」(10/3/2016読売新聞、出口治朗氏)などと述べている。中国に対する敬意と同盟国・日本に対する警戒があからさまに語られている。
●米国赤字を是正しない変動相場制、本質はドル本位制
第二のニクソンショックは、ドル金交換の停止である。基軸通貨ドルは金の裏付けが失われたことで、大暴落の懸念が語られた。しかし、金の縛りを離れたことで輪転機を回してのドル散布が行われたほどには、ドルの価値は下落しなかった。世界のGDPに対する主要国の経常収支比の推移をみると、米国だけが唯一最大の債務国として一手に対外債務を積み上げてきたことが明瞭である。
米国は1980~1990年代には日本の、2005年以降は中国の巨額の対米貿易黒字を指摘し通貨の割安さを非難したが、自身の赤字削減の努力はなされなかった。これはドル基軸通貨体制の下での変動相場制が、非対称のものであったことを物語る。
変動相場とは不均衡是正のメカニズムを内包している故にフェアである、と信じられている。貿易赤字国の通貨は安くなることで赤字が減る、黒字国通貨は強くなることで黒字が減るというメカニズムには説得力があった。赤字国は通貨安になることで、輸入物価が上昇し輸入が減る、また、通貨安で競争力が強まることで輸出が増えるという理屈である(黒字国は逆)。
これを根拠として、米国は為替操作の疑いがある主要貿易相手国を監視し、時には制裁を加えてきた。かつて日本や中国は急激な通貨高を回避するための外貨介入により、米国国債保有を積み上げたが、米国主導の国際世論はそれを為替操作、ダーティフロートと非難した。
しかし、過去40年間の歴史的事実は、この論理は米国だけには適用されてこなかったことを示している。本来であれば大赤字国の米国の通貨ドルは急落し、米国の輸入物価が急騰することで輸入に歯止めがかけられなければならなかったが、ドルの下落は限定的で米国の輸入のブレーキにはならなかった。その結果、米国の経常収支赤字は増加し続け、ニクソンショック後50年を経て、世界には巨額の対米債権と、米国の巨額の対外債務が積み上がった。これこそが、米国による世界に対する成長通貨ドルの供給そのものであった。
●ドル散布がアジアの離陸をもたらした
この米国の対外債務の増加、換言すればドルの散布は、世界経済にとって結果オーライであった。1980~90年代に日本が対米輸出で経済飛躍を遂げ、1990~2000年代には韓国、台湾、香港などのアジアNIES(新興工業経済地域)が離陸し、2000年代後半の北京オリンピック以降、中国経済が高成長を遂げたが、その起点はすべてドルの散布にあったと言える。
中国が世界の製造業生産のほぼ半分を担うというオーバープレゼンス、「フランケンシュタイン」化は、まさしく第二のニクソンショックの賜物であった。このドルの垂れ流しシステムこそが、現代のグローバリゼーションの本質と言える。
●日中不動産バブルの遠因はドル散布にある
なお、付言すれば、この対米黒字の積み上がりが、日本や中国における通貨の過剰供給をもたらし、その後の不動産バブル形成の原因になったことも銘記されるべきであろう。日中の対外経常黒字(対GDP)と家計債務(対GDP)の推移をみれば、日本、中国ともに、両者の連動性がうかがわれる。
●ドル散布は米国消費の底上げと産業構造の高度化をもたらした
ドル散布は米国国内でも機能した。米国の輸入依存度をみると、1970年代初頭のニクソンショックまでは10%にとどまっていた米国の財輸入依存度が、2010年以降8~9割に達している。かつて衣料品もTVも自動車も大半を国内で造り、自給自足体制であった米国経済が大きく開放化したのである。これにより太宗の製造業の空洞化か進んだが、それはIT、サービスなど新たな産業と雇用の勃興によりカバーされた。別の観点から見れば、米国製造業の空洞化が米国での産業構造の高度化を推し進めたともいえる。
米国消費もこれによって増加した。1970年代初頭、米国消費のGDPに対する比率は60%であったが、50年後の2023年にこの比率は68%へと大きく上昇した。安価な輸入品により、米国消費者の実質購買力が押し上げられたことが寄与している。
●米国経常赤字は縮小していく
このニクソンショック体制下でのドル供給に変調が現れ始めた。第一に、米国での財の輸入依存度が8~9割に達し、もはや目に見えるモノの収支である財貿易赤字は限界に達した。今後の米国輸入は経済成長に見合った、ごくマイルドなものになるだろう。
第二に、米国のサービス・所得収支(=目に見えないモノの国際取引)の黒字が大きく増加していくと推察される。よって、米国経常収支の赤字は減少していく。それはドル供給のブレーキとなり、世界的為替需給をドル余剰からドル不足へと変化させ、ドル高、ドル一強時代を開いていくのではないだろうか。
●世界最大の成長市場サイバー世界での米国の圧倒的プレゼンス
世界経済の最大のブライトスポットはアジアでもグローバルサウスでもなく、国境のないサイバー空間である。この急速に発展している知の塊であるサイバー空間、インターネット・AI(人工知能)などの分野において、米国は世界需要をほぼ独占し、その利用料金を釣り上げている。
欧州や日本はインターネットプラットフォーマーの独占にペナルティーをかけようとしているが、代替供給者が自国に存在していないのであるから、無駄なあがきである。
年初来の米国S&P500株価指数推移を見ると、「荒野の7人」、マグニフィセント・セブン(The Magnificent Seven)をもじったGAFAM+エヌビディア<NVDA>、テスラ<TSLA>の年初来株価上昇率は5割に達した。他方、残りの493社の株価はほぼ横ばいである。これをバブルと見るか、新産業革命推進企業の台頭と見るか。米国市場に最も明るいセクターとそうでない普通のセクターが混在していると考えれば、この格差は当然であろう。
これまで検討してきた米国経常収支の改善に加えて、イノベーションの母国・米国の経済成長率が他国を凌駕し始め、それによる高金利が米国への資金集中を促進し始めた。となると、いかにして世界に成長通貨であるドルを供給できるのか、という問いが重要になってくる。今後の世界に対するドル供給のチャンネルとして今までの輸入代金に代わって、米国からの投資と融資のウェイトが高まるだろう。それは覇権国・米国の立場を強めるものとなるだろう。そうしたことの結果起きるドル高は、覇権国・米国の財政力を強化し、世界秩序の再構築の推進力となる、という仮説が成り立つ。
(2023年11月24日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン345号」を転載)
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株探ニュース
●1971年から始まった第二次戦後体制の終焉
戦後体制は1945年からの36年間と、1971年から今日までの52年間に区分できる。第二次戦後体制ともいえる現在の世界政治経済秩序の骨格は、1971年の2つのニクソンショックによって形成された。しかし、それは中国の「フランケンシュタイン」化と米国覇権に対する挑戦によって、維持することができなくなった。世界はいまニクソンショック体制に代わる新たな秩序が模索される時代に入っている。
●「フランケンシュタイン」を造ったニクソンの米中国交回復、国連からの台湾追放
ニクソンショックの第一は、米中国交回復である。国連常任理事国であった中華民国(台湾)との国交を断絶し、世界秩序の中に共産中国を招き入れた。経済発展が中国の民主化を促し、中国がいずれ世界のリベラルデモクラシー秩序の担い手になるとの期待に基づくこの政策は、50年後に大いなる誤りであったことが判明した。晩年、ニクソン氏は「フランケンシュタイン」という怪物を作ってしまったかもしれない、と述懐した。
また、この日本頭越しの米中連携は、同盟国・日本外交に禍根を残した。30年後の2003年に明らかにされたニクソン訪中機密議事録によれば、ニクソンは「我々の政策は、日本が経済的拡張から軍事的拡張に進むことを可能な限り抑止する」「日本が台湾独立運動を支持することを思い留まらせる」「日本を抑制することが太平洋の平和にとって利益になる」「日本に米軍がいなければ日本は米国に意を払わない」(10/3/2016読売新聞、出口治朗氏)などと述べている。中国に対する敬意と同盟国・日本に対する警戒があからさまに語られている。
●米国赤字を是正しない変動相場制、本質はドル本位制
第二のニクソンショックは、ドル金交換の停止である。基軸通貨ドルは金の裏付けが失われたことで、大暴落の懸念が語られた。しかし、金の縛りを離れたことで輪転機を回してのドル散布が行われたほどには、ドルの価値は下落しなかった。世界のGDPに対する主要国の経常収支比の推移をみると、米国だけが唯一最大の債務国として一手に対外債務を積み上げてきたことが明瞭である。
米国は1980~1990年代には日本の、2005年以降は中国の巨額の対米貿易黒字を指摘し通貨の割安さを非難したが、自身の赤字削減の努力はなされなかった。これはドル基軸通貨体制の下での変動相場制が、非対称のものであったことを物語る。
変動相場とは不均衡是正のメカニズムを内包している故にフェアである、と信じられている。貿易赤字国の通貨は安くなることで赤字が減る、黒字国通貨は強くなることで黒字が減るというメカニズムには説得力があった。赤字国は通貨安になることで、輸入物価が上昇し輸入が減る、また、通貨安で競争力が強まることで輸出が増えるという理屈である(黒字国は逆)。
これを根拠として、米国は為替操作の疑いがある主要貿易相手国を監視し、時には制裁を加えてきた。かつて日本や中国は急激な通貨高を回避するための外貨介入により、米国国債保有を積み上げたが、米国主導の国際世論はそれを為替操作、ダーティフロートと非難した。
しかし、過去40年間の歴史的事実は、この論理は米国だけには適用されてこなかったことを示している。本来であれば大赤字国の米国の通貨ドルは急落し、米国の輸入物価が急騰することで輸入に歯止めがかけられなければならなかったが、ドルの下落は限定的で米国の輸入のブレーキにはならなかった。その結果、米国の経常収支赤字は増加し続け、ニクソンショック後50年を経て、世界には巨額の対米債権と、米国の巨額の対外債務が積み上がった。これこそが、米国による世界に対する成長通貨ドルの供給そのものであった。
●ドル散布がアジアの離陸をもたらした
この米国の対外債務の増加、換言すればドルの散布は、世界経済にとって結果オーライであった。1980~90年代に日本が対米輸出で経済飛躍を遂げ、1990~2000年代には韓国、台湾、香港などのアジアNIES(新興工業経済地域)が離陸し、2000年代後半の北京オリンピック以降、中国経済が高成長を遂げたが、その起点はすべてドルの散布にあったと言える。
中国が世界の製造業生産のほぼ半分を担うというオーバープレゼンス、「フランケンシュタイン」化は、まさしく第二のニクソンショックの賜物であった。このドルの垂れ流しシステムこそが、現代のグローバリゼーションの本質と言える。
●日中不動産バブルの遠因はドル散布にある
なお、付言すれば、この対米黒字の積み上がりが、日本や中国における通貨の過剰供給をもたらし、その後の不動産バブル形成の原因になったことも銘記されるべきであろう。日中の対外経常黒字(対GDP)と家計債務(対GDP)の推移をみれば、日本、中国ともに、両者の連動性がうかがわれる。
●ドル散布は米国消費の底上げと産業構造の高度化をもたらした
ドル散布は米国国内でも機能した。米国の輸入依存度をみると、1970年代初頭のニクソンショックまでは10%にとどまっていた米国の財輸入依存度が、2010年以降8~9割に達している。かつて衣料品もTVも自動車も大半を国内で造り、自給自足体制であった米国経済が大きく開放化したのである。これにより太宗の製造業の空洞化か進んだが、それはIT、サービスなど新たな産業と雇用の勃興によりカバーされた。別の観点から見れば、米国製造業の空洞化が米国での産業構造の高度化を推し進めたともいえる。
米国消費もこれによって増加した。1970年代初頭、米国消費のGDPに対する比率は60%であったが、50年後の2023年にこの比率は68%へと大きく上昇した。安価な輸入品により、米国消費者の実質購買力が押し上げられたことが寄与している。
●米国経常赤字は縮小していく
このニクソンショック体制下でのドル供給に変調が現れ始めた。第一に、米国での財の輸入依存度が8~9割に達し、もはや目に見えるモノの収支である財貿易赤字は限界に達した。今後の米国輸入は経済成長に見合った、ごくマイルドなものになるだろう。
第二に、米国のサービス・所得収支(=目に見えないモノの国際取引)の黒字が大きく増加していくと推察される。よって、米国経常収支の赤字は減少していく。それはドル供給のブレーキとなり、世界的為替需給をドル余剰からドル不足へと変化させ、ドル高、ドル一強時代を開いていくのではないだろうか。
●世界最大の成長市場サイバー世界での米国の圧倒的プレゼンス
世界経済の最大のブライトスポットはアジアでもグローバルサウスでもなく、国境のないサイバー空間である。この急速に発展している知の塊であるサイバー空間、インターネット・AI(人工知能)などの分野において、米国は世界需要をほぼ独占し、その利用料金を釣り上げている。
欧州や日本はインターネットプラットフォーマーの独占にペナルティーをかけようとしているが、代替供給者が自国に存在していないのであるから、無駄なあがきである。
年初来の米国S&P500株価指数推移を見ると、「荒野の7人」、マグニフィセント・セブン(The Magnificent Seven)をもじったGAFAM+エヌビディア<NVDA>、テスラ<TSLA>の年初来株価上昇率は5割に達した。他方、残りの493社の株価はほぼ横ばいである。これをバブルと見るか、新産業革命推進企業の台頭と見るか。米国市場に最も明るいセクターとそうでない普通のセクターが混在していると考えれば、この格差は当然であろう。
これまで検討してきた米国経常収支の改善に加えて、イノベーションの母国・米国の経済成長率が他国を凌駕し始め、それによる高金利が米国への資金集中を促進し始めた。となると、いかにして世界に成長通貨であるドルを供給できるのか、という問いが重要になってくる。今後の世界に対するドル供給のチャンネルとして今までの輸入代金に代わって、米国からの投資と融資のウェイトが高まるだろう。それは覇権国・米国の立場を強めるものとなるだろう。そうしたことの結果起きるドル高は、覇権国・米国の財政力を強化し、世界秩序の再構築の推進力となる、という仮説が成り立つ。
(2023年11月24日記 武者リサーチ「ストラテジーブレティン345号」を転載)
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