2025年7月10日 13時00分
田部井美彦(内藤証券)が斬る ―どうなる?半年後の株価と為替―
米トランプ政権の高関税政策が続いているにもかかわらず、日米の株式相場は回復基調を強めている。米S&P500種株価指数やナスダック総合株価指数が最高値を更新。日経平均株価も一時4万円の大台を突破した。もっとも、トランプ関税による企業業績への悪影響など先行きは不透明だ。米国では国境管理の厳格化などを背景にインフレに対する懸念も根強い。トランプ米大統領が「就任から24時間以内に終わらせる」と豪語したロシア・ウクライナ戦争は収束のメドがつかず、イランを中心とした地政学的リスクも残る。
金融・資本市場が「トランプ相場」の様相を呈する中、アナリストやエコノミストなどの専門家は、「半年後の株価」や「半年後の為替」をどう見ているのか。インタビューを通じて、著名アナリストに予測してもらい、その背景を詳報する。第39回は、内藤証券の田部井美彦投資調査部長に話を聞いた。
●田部井美彦(たべい・よしひこ)
内藤証券株式会社 投資調査部長 リサーチ・ヘッド&チーフストラテジスト
経済専門チャンネルの「日経CNBC」、テレビ東京系列の経済情報番組「ワールドビジネスサテライト」に出演。TOKYO MXテレビで放送されるストックボイスの番組で、毎週金曜日の「マーケットワイド」(13:45~)に2006年から出演。このほか、東洋経済オンライン、QUICKニュースなどに寄稿、コメントを寄せている。
――トランプ政権による高関税政策は世界の政治経済を大きく揺さぶっていますが、株式相場はやや落ち着きを取り戻したように見えます。米S&P500種株価指数やナスダック総合株価指数が最高値を更新したことから、過熱感を指摘する声もあります。半年後(12月末)の日米の株価水準をどう予測しますか。
田部井:私は半年後の日経平均株価を3万9000~4万1500円程度だと考えています。日経平均株価の半年間のレンジは3万8000~4万1500円程度で推移するでしょう。半年後のダウ工業株30種平均は4万4000~4万6500ドル程度だと予測しています。半年間のレンジは4万2000~4万6500ドル程度です。半年後の円相場は1ドル=135~145円を想定しています。
図1 日経平均株価(週足)
図2 NYダウ(週足)
――現状の株価をやや上回る水準ということですね。予測の背景を教えて下さい。
田部井:1つは市場関係者が懸念していたイスラエルとイラン、イスラム組織「ハマス」との紛争など中東情勢のリスクがやや後退していることです。中東情勢が落ち着けば、原油価格の高騰を起点とした米国のインフレも再燃しづらくなります。物価が落ち着いていればFRBは利下げをしやすくなり、株価を押し上げます。FRB(米連邦準備制度理事会)は年内に0.25%ずつ3回程度の利下げをするとみています。
米国は1-3月期の国内総生産(GDP)がマイナス成長に陥りました。貿易赤字が拡大していることが一因で、今後は高関税の悪影響で景気が悪化するリスクもあります。市場関係者の間では利下げに対する根強い期待があります。
――トランプ米大統領は6月末、FRBのパウエル議長に、世界の政策金利を並べてペン字で要求水準を書き込んだ表を送付したとされます。SNSでは政策金利を「1%以下に下げるべきだ」と要求しました。
田部井:FRBが政策金利を日本並みの1%以下に引き下げることはあり得ません。仮にそこまで引き下げれば過度のドル安になり、米国の輸入物価が急騰して大幅なインフレを招く可能性が高くなるからです。
――日本では7月に参院選が実施されます。日本株についてはいかがですか。
田部井:日本株は米国の政治経済や株価の動向に強く影響を受けますので、日本独自の理由のインパクトは必ずしも大きくありません。ただ、7月の参院選で与党が全体の過半数維持に必要な50議席を割り込めば、いわゆる「石破おろし」が強まるでしょう。石破茂政権の安定性への不安は株安を招きます。市場関係者から「経済政策や株価にあまり関心がない」とみられている野党と連立を組むことになれば、日本株だけが大幅に下げるリスクがあります。一方で新しい自民党総裁が就任し、経済政策に期待が高まった場合は株価が上昇する可能性があります。
――トランプ米大統領は米東部時間7日、8月1日から適用される新たな関税率の通知を始め、日本に対して25%の関税をかけると通告しました。影響をどうみますか。
田部井:高関税の対象は、産業の裾野の広い自動車や半導体が中心になるでしょうから、影響は小さくありません。実施されれば、日本国内の自動車業界の再編が加速するでしょう。自動車メーカーはそれで安定した経営を維持できると思いますが、金型など規模の小さな企業が経営危機に陥る可能性があります。半導体については、日本国内の設備投資の減速につながる可能性があります。
率直に言って、いくら米国が関税を引き上げても、日本人が左ハンドルの米国車をたくさん買うとは思えません。このため、米国の貿易赤字はほとんど減らないと思います。日本としては、コメなど農産物の購入は増やせますが、それぞれの輸入額が大きくないため、問題解決の決め手にはなりません。それでも日本が努力する姿勢を米国政府に見せることが交渉を成功させるには大事だと思います。
――市場関係者の間では『TACO(Trump Always Chickens Out、トランプ氏はいつも尻込みする)』などと言われています。
田部井:米国は貿易黒字を計上している英国との関税交渉は5月に妥結しました。米国と英国は宗教や人種など多くの共通点もあります。しかし、米国は貿易赤字の大きい日本に対してはより強硬な姿勢を取るでしょう。トランプ政権は「TACO」にはなりづらいということです。
とはいえ、米国は2026年10月に中間選挙を控えています。これまでのように支持者向けの政策だけでは勝てません。このため、関税政策にも落ち着きが出てくるのではないかという期待はあります。こうした状況もあり、日本の経済産業省、外務省、財務省など関税当局はすぐに交渉を妥結させるつもりはないように見えます。
――こうしたトランプ関税問題にさらされながらも日経平均株価は一時4万円を超えるなど好調です。
田部井:好調な日本株の背景には、日経平均株価がロシアによるウクライナ侵攻問題を抱えるドイツの株価に比べても伸び悩んでいたことがあります。それに注目した外国人が日本株に買いを入れたということです。
東京証券取引所は23年3月、上場企業に「資本コストや株価を意識した経営」を促し、PBR(株価純資産倍率)1倍超の目標を打ち出す企業が相次ぎました。企業が資本効率を改善したり、自社株買いを増やしたりしていることも日本株への投資を引き続き増やしています。
ただ、将来を見据えたファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が改善されたわけではありません。日本政府などから効果的な成長戦略が打ち出されたわけではなく、日本株の上値は限られるでしょう。
図3 自社株買いの推移状況
――日本株で注目するセクターや銘柄を教えて下さい。
田部井:国土強靱化と防衛関連銘柄です。三菱重工業 <7011> [東証P]、川崎重工業 <7012> [東証P]、IHI <7013> [東証P]といった銘柄に買いが入りやすくなるでしょう。通信網ではフジクラ <5803> [東証P]、古河電気工業 <5801> [東証P]などです。これに加えて注目しているのが、エンターテインメント関連銘柄です。経済産業省のまとめでは、日本発コンテンツの海外売り上げは23年時点で5兆8000億円規模もあります。ネットフリックス<NFLX>など動画配信サービスが発達したことで、世界に向けてコンテンツを発信できるようになったことが大きいと思います。映画館だけでなく、パソコンやスマートフォンでも手軽に見られるようになりました。インバウンド(訪日外国人)の需要もあり、かつてのエンタメブームの時よりも裾野が広がる中で市場が拡大しています。この分野ではバンダイナムコホールディングス <7832> [東証P]やソニーグループ <6758> [東証P]、KADOKAWA <9468> [東証P]などに関心が集まりそうです。
――投資初心者へのアドバイスをお願いします。
田部井:東京証券取引所は市場改革を積極的に実施し、企業も資本効率化を進めています。高配当や自社株買いなど株主還元に積極的な企業に投資をしていくことが資産を増やす1つの方法だと思います。連続増配している、または安定配当の増配基調の企業を探すのが良いでしょう。丸井グループ <8252> [東証P]やアマダ <6113> [東証P]などに注目するのも良いと思います。
図4 配当総額の年次推移
(※聞き手は日高広太郎)
株探ニュース
金融・資本市場が「トランプ相場」の様相を呈する中、アナリストやエコノミストなどの専門家は、「半年後の株価」や「半年後の為替」をどう見ているのか。インタビューを通じて、著名アナリストに予測してもらい、その背景を詳報する。第39回は、内藤証券の田部井美彦投資調査部長に話を聞いた。
●田部井美彦(たべい・よしひこ)

経済専門チャンネルの「日経CNBC」、テレビ東京系列の経済情報番組「ワールドビジネスサテライト」に出演。TOKYO MXテレビで放送されるストックボイスの番組で、毎週金曜日の「マーケットワイド」(13:45~)に2006年から出演。このほか、東洋経済オンライン、QUICKニュースなどに寄稿、コメントを寄せている。
田部井美彦氏の予測 4つのポイント |
(1)半年後の日経平均株価は3万9000~4万1500円程度 |
(2)半年後のダウ工業株30種平均は4万4000~4万6500ドル程度 |
(3)米連邦準備理事会(FRB)による利下げは年3回程度、株価を押し上げ |
(4)日本株で注目するセクターは国土強靱化、防衛、エンタメ関連 |
――トランプ政権による高関税政策は世界の政治経済を大きく揺さぶっていますが、株式相場はやや落ち着きを取り戻したように見えます。米S&P500種株価指数やナスダック総合株価指数が最高値を更新したことから、過熱感を指摘する声もあります。半年後(12月末)の日米の株価水準をどう予測しますか。
田部井:私は半年後の日経平均株価を3万9000~4万1500円程度だと考えています。日経平均株価の半年間のレンジは3万8000~4万1500円程度で推移するでしょう。半年後のダウ工業株30種平均は4万4000~4万6500ドル程度だと予測しています。半年間のレンジは4万2000~4万6500ドル程度です。半年後の円相場は1ドル=135~145円を想定しています。
図1 日経平均株価(週足)

図2 NYダウ(週足)

――現状の株価をやや上回る水準ということですね。予測の背景を教えて下さい。
田部井:1つは市場関係者が懸念していたイスラエルとイラン、イスラム組織「ハマス」との紛争など中東情勢のリスクがやや後退していることです。中東情勢が落ち着けば、原油価格の高騰を起点とした米国のインフレも再燃しづらくなります。物価が落ち着いていればFRBは利下げをしやすくなり、株価を押し上げます。FRB(米連邦準備制度理事会)は年内に0.25%ずつ3回程度の利下げをするとみています。
米国は1-3月期の国内総生産(GDP)がマイナス成長に陥りました。貿易赤字が拡大していることが一因で、今後は高関税の悪影響で景気が悪化するリスクもあります。市場関係者の間では利下げに対する根強い期待があります。
――トランプ米大統領は6月末、FRBのパウエル議長に、世界の政策金利を並べてペン字で要求水準を書き込んだ表を送付したとされます。SNSでは政策金利を「1%以下に下げるべきだ」と要求しました。
田部井:FRBが政策金利を日本並みの1%以下に引き下げることはあり得ません。仮にそこまで引き下げれば過度のドル安になり、米国の輸入物価が急騰して大幅なインフレを招く可能性が高くなるからです。
――日本では7月に参院選が実施されます。日本株についてはいかがですか。
田部井:日本株は米国の政治経済や株価の動向に強く影響を受けますので、日本独自の理由のインパクトは必ずしも大きくありません。ただ、7月の参院選で与党が全体の過半数維持に必要な50議席を割り込めば、いわゆる「石破おろし」が強まるでしょう。石破茂政権の安定性への不安は株安を招きます。市場関係者から「経済政策や株価にあまり関心がない」とみられている野党と連立を組むことになれば、日本株だけが大幅に下げるリスクがあります。一方で新しい自民党総裁が就任し、経済政策に期待が高まった場合は株価が上昇する可能性があります。
――トランプ米大統領は米東部時間7日、8月1日から適用される新たな関税率の通知を始め、日本に対して25%の関税をかけると通告しました。影響をどうみますか。
田部井:高関税の対象は、産業の裾野の広い自動車や半導体が中心になるでしょうから、影響は小さくありません。実施されれば、日本国内の自動車業界の再編が加速するでしょう。自動車メーカーはそれで安定した経営を維持できると思いますが、金型など規模の小さな企業が経営危機に陥る可能性があります。半導体については、日本国内の設備投資の減速につながる可能性があります。
率直に言って、いくら米国が関税を引き上げても、日本人が左ハンドルの米国車をたくさん買うとは思えません。このため、米国の貿易赤字はほとんど減らないと思います。日本としては、コメなど農産物の購入は増やせますが、それぞれの輸入額が大きくないため、問題解決の決め手にはなりません。それでも日本が努力する姿勢を米国政府に見せることが交渉を成功させるには大事だと思います。
――市場関係者の間では『TACO(Trump Always Chickens Out、トランプ氏はいつも尻込みする)』などと言われています。
田部井:米国は貿易黒字を計上している英国との関税交渉は5月に妥結しました。米国と英国は宗教や人種など多くの共通点もあります。しかし、米国は貿易赤字の大きい日本に対してはより強硬な姿勢を取るでしょう。トランプ政権は「TACO」にはなりづらいということです。
とはいえ、米国は2026年10月に中間選挙を控えています。これまでのように支持者向けの政策だけでは勝てません。このため、関税政策にも落ち着きが出てくるのではないかという期待はあります。こうした状況もあり、日本の経済産業省、外務省、財務省など関税当局はすぐに交渉を妥結させるつもりはないように見えます。
――こうしたトランプ関税問題にさらされながらも日経平均株価は一時4万円を超えるなど好調です。
田部井:好調な日本株の背景には、日経平均株価がロシアによるウクライナ侵攻問題を抱えるドイツの株価に比べても伸び悩んでいたことがあります。それに注目した外国人が日本株に買いを入れたということです。
東京証券取引所は23年3月、上場企業に「資本コストや株価を意識した経営」を促し、PBR(株価純資産倍率)1倍超の目標を打ち出す企業が相次ぎました。企業が資本効率を改善したり、自社株買いを増やしたりしていることも日本株への投資を引き続き増やしています。
ただ、将来を見据えたファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が改善されたわけではありません。日本政府などから効果的な成長戦略が打ち出されたわけではなく、日本株の上値は限られるでしょう。
図3 自社株買いの推移状況

――日本株で注目するセクターや銘柄を教えて下さい。
田部井:国土強靱化と防衛関連銘柄です。三菱重工業 <7011> [東証P]、川崎重工業 <7012> [東証P]、IHI <7013> [東証P]といった銘柄に買いが入りやすくなるでしょう。通信網ではフジクラ <5803> [東証P]、古河電気工業 <5801> [東証P]などです。これに加えて注目しているのが、エンターテインメント関連銘柄です。経済産業省のまとめでは、日本発コンテンツの海外売り上げは23年時点で5兆8000億円規模もあります。ネットフリックス<NFLX>など動画配信サービスが発達したことで、世界に向けてコンテンツを発信できるようになったことが大きいと思います。映画館だけでなく、パソコンやスマートフォンでも手軽に見られるようになりました。インバウンド(訪日外国人)の需要もあり、かつてのエンタメブームの時よりも裾野が広がる中で市場が拡大しています。この分野ではバンダイナムコホールディングス <7832> [東証P]やソニーグループ <6758> [東証P]、KADOKAWA <9468> [東証P]などに関心が集まりそうです。
――投資初心者へのアドバイスをお願いします。
田部井:東京証券取引所は市場改革を積極的に実施し、企業も資本効率化を進めています。高配当や自社株買いなど株主還元に積極的な企業に投資をしていくことが資産を増やす1つの方法だと思います。連続増配している、または安定配当の増配基調の企業を探すのが良いでしょう。丸井グループ <8252> [東証P]やアマダ <6113> [東証P]などに注目するのも良いと思います。
図4 配当総額の年次推移

(※聞き手は日高広太郎)
◆日高広太郎(ジャーナリスト、広報コンサルティング会社代表)
1996年慶大卒、日本経済新聞社に入社。東京本社の社会部に配属される。小売店など企業ニュースの担当、ニューヨーク留学(米経済調査機関のコンファレンス・ボードの研究員)を経て東京本社の経済部に配属。財務省、経済産業省、国土交通省、農水省、日銀、メガバンクなどを長く担当する。日銀の量的緩和解除に向けた政策変更や企業のM&A関連など多くの特ダネをスクープした。第一次安倍内閣時の独ハイリゲンダムサミット、鳩山政権時の米ピッツバーグサミットなどでは日経新聞を代表して同行取材、執筆。東日本大震災の際には復興を担う国土交通省、復興庁のキャップを務めた。シンガポール駐在を経て東京本社でデスク。2018年8月に東証1部上場(現プライム市場)のB to B企業に入社し、広報部長。2019年より執行役員。2022年に広報コンサルティング会社を設立し、代表に就任。ジャーナリストとしても記事を複数連載中。2022年5月に著書「B to B広報 最強の戦略術」(すばる舎)を出版。内外情勢調査会の講師も務め、YouTubeにて「【BIZ】ダイジェスト 今こそ中小企業もアピールが必要なワケ」が配信中。

株探ニュース